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安芸吉田簡易裁判所 昭和34年(ろ)4号 判決

被告人 黒川次三

昭三・一一・二二生 自動車運転者

主文

被告人を罰金二、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは、二〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

業務上過失傷害の点は、被告人は無罪

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和三四年五月一八日午後〇時二〇分ごろ、広島市戸坂町、呉市水道局戸坂水源池附近道路(幅員七・四メートル)において、広一す三〇八九号普通貨物自動車を運転するに当り、運転台横の窓から首をつき出し、後ろ向きとなつて時速約四〇キロにて運転し、対面進行し来る引地好の運転する普通貨物自動車に衝突させ、道路及び交通の状況に応じ、公衆に危害を及ぼさないような速度と方法で操縦しなかつたものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

道路交通取締法八条一項、二九条一号、換刑につき、刑法一八条

業務上過失傷害につき無罪の言渡をした理由

本件公訴事実は、被告人は自動車運転者であるが、昭和三三年一二月一〇日、普通貨物自動車広一す二〇四四号空車を運転し、県道広島三次線を、高田郡向原町方面から同郡白木町三田方面に向け時速三〇キロぐらいにて進行中、同日午前九時ごろ国鉄芸備線井原駅前の三さ路附近にさしかかつたが、同所は右側井原駅に通ずる駅道の両側には人家連たんし、駅道の見通しがきかないので、このような場合、自動車運転者たる被告人としては、緩急に応じ何時にても急停車し得る程度に徐行し、駅道から進行し来る人車馬との衝突による事故の発生を未然に防止しなければならない業務上の注意義務があるのに、右注意を怠り、漫然同じ速度で運転進行したため、車首が右三さ路東角にさしかかつた際、右駅道から軽自動車を運転し被告人の進路前方に向け進行し来る李[王普]鎬(当四一年)を斜右約三メートル前方に認め、急拠ブレーキをかけたが間に合わず、自己の運転する自動車の右側々面を右李[王普]鎬の運転する軽自動車のハンドル右握りの辺に接触させ、よつて、同人に、加療に約一ヶ月を要する右中、環、小指ざ創の傷害を負わせたというのである。

よつて案ずるに、当裁判所の検証(二回、ただし、第一回(昭和三四、七、四)検証調書の証人李[王普]鎬の指示説明中、後記同人に対する検察官調書の供述記載に反する部分を除く)の結果と、司法巡査作成の実況見分調書(添付の現場写真を含む)を総合すれば、本件事故現場は、国鉄芸備線井原駅に至る駅道(駅まで延長約五〇メートルにして、県道に向つて約二五分の一の下り勾配をもち、有効幅員七・一メートルの非舗装道路)が、県道に交わる三さ路の手前角(東の角)の電柱から、〇・九五メートル中央寄りの県道上であること、同所附近の道路は有効幅員三・九メートルの狭い砂利道で、その両側には、軒の低い老朽人家が連たんし小市街地を形成しておるので、駅道の見とうしは全くきかないこと、被告人の運転していた自動車が、車長、七・二メートル、車幅、二・三メートルの五トン積み大型貨物自動車で、車高、二・三メートル左側人家の軒先をかすめる状況であつたことが認められるから、自動車運転者たる被告人としては、緩急に応じ何時にても敏速に停車の処置をとり、惰力進行を加算するも、優に、事故の発生を未然に防止し得べき程度に減速し、できる限り、道路の左側寄りを進行して事故の発生を未然に防止しなければならない、業務上の注意義務があつたものといわなければならない。

ところで、検察官作成の李[王普]鎬供述調書及び被告人に対する検察官並びに司法巡査の各供述調書の各供述記載と、前叙当裁判所の第一回検証の結果を総合すれば、被告人は、事故現場の略々五〇メートル手前から、速度を四〇キロから約三〇キロに落し、道路の中央から稍々右寄りを進行したこと、そして車首が現場附近(運転台から見て現場の手前約三メートル)にさしかかつた際、現場の約二メートル(運転台から見て約五・五メートル)斜右前方の駅道上を、軽自動車(車長二・一メートル)を運転し、時速一〇キロぐらいで、右三さ路の東角、県道に向け進行し来る李[王普]鎬を認め、直ちにブレーキを踏んで急停車の処置をとつたが、約六・四メートル惰力進行して停車したこと、本件事故がその惰力進行中に右李の運転する軽自動車が、その右側々面、荷台前部のアングル(前輪車軸の後方一・六五メートル)の辺に突つ込むように衝突して発生したものであること、被告人は、昭和三三年五月以来向原産業株式会社の自動車運転者として勤務し、常時自動車を運転して同所を往来し、土地の状況に精通しておること、同所が直線道路で前後の見とうしがよく、速度の制限はなくその最高速度は毎時五〇キロであること、駅道が短距離であつて道幅も広く、専ら同駅の乗降客のための道路であつて、一日数回定期にバスの出入があるだけで、一般車馬の交通は殆んどない状況であることが認められるので、以上認定の事実を総合して考えれば、被告人が速度を時速三〇キロに落して同所を運転進行したのは相当であつて、注意義務を怠り漫然運転したものとは考えられない。しかも、当裁判所の第二回検証(昭三四、一〇、一〇)の結果によれば、速度を二〇キロ、または、一五キロに減じ、(この場合急停車処置による惰力進行距離は、前者は三・三メートル、後者は二・二五メートルであつて、いずれの場合においても、自動車の接触部位が事故発生地点を通過す)かつ、当裁判所が、検証の結果可能と認める、進路を更に約四〇センチ左側寄りにとり徐行したとしても、なお、本件事故は防止し得なかつたものであることを認めることができるのであつて、被告人が前認定の注意義務を怠つたために生じたものとは到底考えられない、そうすると、本件は、業務上過失傷害罪の構成要件を欠き罪とならないので、刑事訴訟法三三六条前段により、無罪の言渡をなすべきものである。

よつて、主文のように判決する。

(裁判官 樫本能章)

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